得てして世のホラー作品とは、人外の者の恐ろしさを描いていると見せておいて、実は現実の人間や人間社会の醜さや恐ろしさをあぶり出していることが多いものです。台湾のインディーゲームスタジオ「赤燭遊戲(Red Candle Games)」が提供するPC向けホラーアドベンチャーゲーム「返校(Detention)」もまさにそうでした。
PR用のフライヤーには「紙飛行機が私の夢を運んでくれて…次に目覚めたら知らない国にいて…見知らぬ町で新しい人生を始められたら…そうだったらいいのに。」と記されています。陰鬱なゲームのグラフィックと相まって、もう詳細なストーリーを知る前から本作全体に漂う”息苦しさ”が分かります。またブースにはこのフライヤーで作られた紙飛行機が飾られていますが、この「紙飛行機」もゲーム中で重要なキーアイテムとして登場します。
ゲームの内容は、1960年代の台湾の高校を舞台に、台風警報が発令された校舎内に閉じ込められてしまった生徒を操作して校内を探索し、脱出を試みるというもの。ホラーゲームなのでスタートでいきなり他の生徒が天井から吊り下げられていたりとビジュアルは怖いですが、具体的なゲームの内容は謎解き脱出ゲームに近いです。しかしタイトルの「返校」とは中国語で「学校に帰る」という意味。なぜ学校から脱出するのに「帰る」なのでしょうか?それにもちゃんと意味があるのです。
まず学校の中は真っ暗なので蝋燭をGET。これで学校内のあちこちを探れるようになりました。一部の扉には鍵がかかっていますが、他の場所で鍵を見つければ通れるようになります。
気になるところをクリックして探ると、脱出の手がかりになりそうな様々なアイテムやメモが出てきます。本作には台湾の歴史や文化、道教の宗教観をモチーフにした謎解き要素がちりばめられています。
そしてメモの文言から、この学校が愛国主義的で強権的な校風であることが徐々に分かってきます。
ちなみにメモにはこんなものも。児童向け絵本の1ページで「霊に出くわしても恐れてはいけない。息を止めて、静かに通り過ぎること」とのこと。台湾の幽霊は息を止めればやり過ごすことができるのか…と分かった次のシーンで…
何やら凄い勢いで地面を掘っている幽霊が出現!ここで先のメモを思い出し、息を止めながら歩けばいいんですね。ただしあまり早くに息を止めると苦しくなってしまうので、幽霊のギリギリ手前で息を止め始めなければなりません。呼吸したまま幽霊の横を通ろうとすると襲われてゲームオーバーになってしまいます。
その後また校舎内に戻り探索を続けていると、「なあ、生徒を集めて読書会を始めた先生がいるって。禁止されている本を読んでいるらしい。」というメモを発見。学校なのに本が禁止されていて、それを教師がこっそり生徒に読み聞かせているとは一体どういう状況なのでしょうか?
近代史に詳しい方なら「1960年代」「台湾」というキーワードでなんとなく予想できたかと思いますが、本作の真のテーマは中国国民党により戒厳令が敷かれていた「戒厳期」の台湾の状況です。中国国民党がどんな存在か詳しくはWikipediaあたりをご覧頂きたいのですが、中国国民党が中国共産党との内戦により台北に”遷都”して以降、彼らは1987年まで約40年もの間台湾に戒厳令を敷いていました。その理由は簡単に言うと「中国国民党は中国の唯一の合法的政府→だから中国共産党を打倒して大陸を取り戻さなければならない→つまり今は戦争状態→戦争状態だから台湾人も共に戦うのは当然→そのためには多少自由を制限するのは仕方ない→戒厳令」というもの。そんな状況下で「いや、その理屈はおかしい」と反論するのは非常に危険ですが、中国国民党が来る前から台湾に住んでいた人たちにとってはたまったもんじゃありません。そこで民主主義活動や台湾独立活動を行う人、このゲームでも描かれているように禁書扱いになっている本で読書会を行う人もいましたが、中国国民党は言論統制、密告、不当逮捕・投獄、処刑と恐怖政治を行い徹底的に思想弾圧しました。つまり本作は、ホラーゲームを通して当時の社会全体を覆っていた”息苦しさ”を表現した作品なのです。もちろん恐怖感をあおるグラフィックやエフェクト、サウンド、BGMも素晴らしく、ホラーゲームとしてもハイクオリティなのですが、それを敢えて”比喩”とした政治的ストーリーこそが本作の肝です。なぜこのようなゲームが今リリースされたのか?それは今年が戒厳令解除からちょうど30周年に当たる年だからでしょう。
なお、これまで本作のサポート言語は中国語と英語のみでしたが、今月中に日本語版のリリースが決定したそうです。既にSteamで配信されているタイトルですが、じっくりプレイしたい方は台湾近代史を学びつつ日本語版のリリースを待ちましょう。