この「Lost Tracks」は、デンマークのCG&アニメーションの専門学校生が卒業前の一年を費やして製作したiOS向けアドベンチャーゲームですが、正直これをゲームと言うべきか迷います。”プレイアブルアート”と言った方が適切かもしれません。
この作品のテーマは「心の葛藤」とその「克服」です。主人公はギークっぽい学生の青年。ある朝、いつも通り電車に乗り込むと…
斜め向かいの席に見たことのないかわいい女の子が座ってる!
でも青年は内気な性格なのか、女の子が気になりつつもなかなか話しかけることができません。
話しかけたい!でも話しかけられない…青年がそんな心の葛藤と戦っていると、突然体から「意識」だけが抜け出してしまいました。
ふと気が付くと、そこは荒涼とした風景が広がる青年の精神世界。ここからプレイヤーは青年を操作して精神世界を探索し、葛藤を克服して元の世界に戻ることを目指します。
操作方法は簡単で、画面をスワイプすることで視点移動でき、画面をタップし続けると青年が走ります。端末を傾けると青年がその方向に曲がり、気になるオブジェクトをタップすると(ギミックがある場合は)それを動かすことができます。画面内には一切のテキストが表示されず、ただ動き回る青年と空間、意味深なオブジェクトのみが存在し、それらが意味するものやストーリー自体もプレイヤーの想像に任せられています。さすがCG&アニメーションを学んだ学生の作品だけあって、描かれる空間の美しさ、不思議さは既存のゲームと同等もしくはそれ以上のクオリティで、まるで”動くシュールレアリズム作品”を鑑賞しているかのようです。
ずっと歩き回っていると、突然停車している電車に出くわしました。どこに行って何を見つけ、何をすれば次の段階に進めるのかも一切画面中では説明されないので、全て自分で想像して動かなければなりません。例えると意味不明な悪夢を見ている時の感覚に似ています。また音楽とサウンドも必要最低限しか使用されておらず、静かな世界に青年の足音だけが聞こえ、それがまた荒涼とした空間によくマッチしています。
電車を動かしたら、次はピンクのモヤが広がる世界に出ました。
前の世界は少なくとも進む方向が分かりましたが、ここはモヤがかかっているので方向がつかめないどころか前に何があるのかも見えません。どこまで行ってもあるのは立ち枯れしたような木ばかり…。一体どうすればここから出られるのでしょうか?
しばらく当てどもなく走っていたら、どこからともなく電話の呼び出し音のような音が聞こえてきたので、それを頼りに音の鳴る方向に歩いていくと、無数の受話器がぶら下がっている大木にたどり着きました。
唯一音が鳴っている受話器を手に取りますが、相手は何も喋りません。
そこからさらに歩いて茂みに隠されていた大きな蓄音機を見付けたり…
途切れていた線路を見付けたり…
どこに繋がっているか分からない階段を登って…
落ちて…
また新たな世界へと移動し…
暗い道をひたすら出口を目指して走ります。
出口は朝乗り込んだ電車の窓でした。
こうして無事に意識を取り戻し、心の葛藤に打ち克った青年は…
意を決して女の子に話しかけるのでした。
開発者が考えた「心の葛藤」の抽象表現が美しく、ゲームもまたアートであり立派な表現手法の一つであることが理解できる作品の一つです。各空間やオブジェクト、演出が意味するものを深読みするのも楽しいでしょう。なお、ピンクのモヤがかかった世界は「かすかに聞こえる音を頼りに進む」いう謎解き脱出ゲームっぽいルールなので、イヤホンかヘッドホンを使ってプレイして下さい。あとマイクを使うシーンもあるので、家で一人でいるときにプレイするのがオススメです。