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【レポート】壮大な教育の公開実験場---アールト大学の「Design Factory」と「Startup Sauna」を見てきた

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世界最大級のスタートアップ・フェスティバル「Slush 17」の前日となる11月29日、日本版のSlush Tokyoの代表であるアンティ・ソンニネンさんの引率により、アールト大学内の施設「Design Factory」と「Startup Sauna」を訪ねる見学会が行われました。

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大人の社会見学といった感じ。

アールト大学は、フィンランド政府による”イノベーションを基礎に置く大学”を設立するプロジェクトにより、もともとヘルシンキおよびエスポーにあったヘルシンキ工科大学、ヘルシンキ経済大学、ヘルシンキ美術大学の3大学が合併して2010年にできた大学です。科学・工学、ビジネス、美術の各ジャンルの学生が共に学びコラボレーションすることで、より革新的なアイデアや研究を生み出し、さらに学生の起業家精神を養うことを目指しています。ある意味この大学はフィンランドの新たな教育の公開実験場のような存在です。

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まずどれだけ”公開”かというと、入口のドアにセキュリティパスがありません。右側にキーっぽいのが付いていたので最初は「パスワードでも入力してドアを開けるのかな?」と思っていたら、なんか中にいる人も外から来る人もみんなドアをガンガン開けて出入りするんですよね。後で説明を聞いたら「基本的に誰でも出入り自由」で、学生や大学関係者ではない部外者が入ってきても誰も気付かないし気にしない、ただし「共用キッチンを使ったら綺麗に片付けろ」というルールだそうです。

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一歩中に入ると、そこは粗削りとスタイリッシュが同居したなんともクリエイティビティ溢れる空間でした。

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「Design Factory」はアールト大学が管轄する3つの教育研究ファクトリーの一つで、主に修士課程の学生がプロダクト製作やデザイン開発を学んでいます。

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大学の施設なので一応各部屋は”教室”という扱いなのですが、はっきり言ってとても教室には見えません。「学園祭の残骸かな?」という手作り感あふれる工作が飾られているかと思えば…

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ハンモックや人をダメにする系の柔らかビーズクッションなどのくつろぎグッズが置かれていたりと、例えるならクリエイティビティを重視するTech系スタートアップの社屋のような雰囲気です。ちなみにくつろぎグッズがあるのは「机と椅子ではアイデアが湧かない学生用」で、そもそもこのDesign Factory自体が「机と椅子に座っているだけでは良いミーティングはできないし良いアイデアもプロダクトも生まれない」という考えなのだとか。

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ということで家具も普通の大学ではちょっと使わなさそうな個性的なものが多く、北欧家具が好きな人にはたまらない空間になっていました。

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このように自由闊達な空気に溢れる「Design Factory」ですが、一つ面白いルールがありました。それは「コーヒーは共用キッチンでしか飲んではならない」こと。というのも、どこでも自由にコーヒーが飲めると、学生たちは各自でコーヒーを炒れて一人で飲むようになってしまうので新たな交流が生まれません。しかし共用キッチンでしか飲めないとなれば、普段違うクラスに所属する学生たちが皆そこに集まるので自然に交流が生まれます。これは昔の喫煙室と同じ効果を狙ったルールなのでしょう。

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共用キッチンに設けられた謎の「Hugging Point」。これは紫の丸いカーペットの中に立った人を誰でもハグしてOKというちょっとした遊びの空間です。

…で、前述のように「Design Factory」は学生がプロダクト製作やデザイン開発を学ぶ場です。ということは当然こんな教室もあるわけです。

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ありとあらゆる工作機器と工具が揃った工作室!

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2D・3Dあらゆるタイプの”プリント”ができるプリント室!

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基板制作やハンダ付けなど電子工作に必要な全てのものが揃っている電子工作室!

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木工や金属加工などあらゆる素材の切断と組み立てができる総合工作室!

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そういえば日本のRYOBIのツールが結構ありました。やはり使いやすいのでしょうね。

これらの部屋にほんのりと漂うツールにさされたグリスの香りや木や段ボールを切った直後の香り、金属を切断した時のきな臭さ、樹脂が溶けた際の独特の焦げ臭さなんかを嗅ぐと、もうアドレナリンがドバドバ出て「確かにここなら自然と手を動かしたくなるし良いものができる!」と確信しました。この感覚はおそらくDIY好きな方なら理解して頂けると思います。

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普通だったら業者に発注して作ってもらうような工業用シリコンを使った精密なシリコン型とそれを使った樹脂の複製品。これらも全て「Design Factory」内で作ることができます。

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製作の際に余った素材や材料を集めて置いておくスペース。ここにある物は誰でも自由に持ち出してまた新たなモノづくりに活用できます。これは何気に嬉しいシステムですね。

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工作室に掲げられたクソコラ臭漂うポスター。書かれている「PityPrototyping」は直訳すると「残念なプロトタイプ製作」ですが、その意味は「とりあえず品質なんかどうでもいいからさっさと作って形にしろ」。これはプロダクト製作やデザイン開発に限らず世の中の全てのモノづくりに通じる真理ではないでしょうか。

このように、日本だったら民間企業が運営してそうなモノづくりコワーキングスペース並みの本格的な設備ですが、フィンランドは小学校~大学までの教育費が無料なので、学生はこれらを全て無料で使えます。お得過ぎる!なお、「Design Factory」は複数の企業やNPO団体とパートナー提携しており、彼らと共にプロダクト製作のコラボレーションや研究プロジェクトを行っているほか、資金的な援助も受けているため、学生は学びと資金の2つの面で企業・団体からサポートを得られます。

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例えばこれは植物の育成状況をチェックするアプリ連動型のモニタリングガジェット。これも企業側から「こんな問題を解決するプロダクトが欲しい」という提案があり、開発に必要な資金提供を受けて製作されました。ガジェットのデザインから製作、アプリ開発まで全て学生によるもので、このポスター自体も学生がデザイン。美術系の学生もいるので何から何まで学生自身で作ることができます。さらにこの後、市場調査・マーケティング、企業側へのプレゼンなど、作ったものを「売る」段階まで学びます。

「Design Factory」が頭と手を動かして何かを作ることを学ぶ場とするならば、「Startup Sauna」は起業家としてやっていく方法を学ぶ場所と言えます。

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「Startup Sauna」は2010年に非営利組織として設立されたアクセラレータープログラムで、フィンランド国内だけでなく、他の北欧諸国やバルト三国、ロシアの起業家向けのワークショップやコーチングも行っています。もともとこの建物はアールト大学のただの空きスペースでしたが、学生が「ここで何か面白いことをしたい」と学長に言ったら「じゃあいいよ」ということになったそうです。ヒエラルキー構造でガチガチになっている日本社会では考えられないフランクさと早さですが、決してアールト大学だけが特別なわけではなく、フィンランド社会はだいたいこんな感じらしいです。年齢や職業、役職、経歴で縦割りされていない平等な人間関係がそうした意思決定の早さを生んでいるのでしょう。

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この「Startup Sauna」は「Slush」が国際的な起業フェスとして本格始動したスタート地点でもあります。「Slush」の始まりは2008年に行われた150人程度のローカルなミーティングイベントでしたが、2011年にアールト大学の学生団体へと運営が移行してから規模を拡大。今では世界中から1万人以上を動員する大型イベントとなりました。その経緯を知ってから改めて「Startup Sauna」のオフィスを見ると確かに内装が「Slush」の装飾に似ていることに気付きます。

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観葉植物が置かれていたり、テーブルにライトと電源が完備されていたり、足場を組んで2階を作っていたり、電話ボックス型のプライバシーエリアを設けていたりと、「Slush」に参加したことのある方ならお分かり頂けるでしょう。

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なぜフィンランドでこのように起業熱が高まっているのか?その要因はやはりNokiaの凋落にあります。90年代、携帯電話メーカーとして長らく世界の携帯市場の首位を維持していた同社も2000年代に入ってからはスマートフォン戦略がことごとく不発に終わり低迷。レイオフに次ぐレイオフを重ね、遂に2013年に携帯電話事業がマイクロソフトに買収されてしまいます。もちろんこの展開には多くの人々が失望しましたが、その一方で「再就職するより自分で何かやろう!」という元Nokiaスタッフも少なくなく、またNokia自身も再出発をサポートするインキュベータープログラムを立ち上げたり、さらに地方自治体レベルでも起業支援プログラムが広がりました。このアールト大学の施策や「Startup Sauna」および「Slush」の誕生は、まさにこのNokiaの凋落の歴史とリンクしています。ここで気付くのは、今高校を卒業してストレートで大学に進学した学生は皆「Nokiaの黄金時代をロクに知らず、物心ついたらなんだか知らないが周りがみんな起業起業言ってる」世代であるということ。そんな時代の空気を肌で感じて育ったら、そりゃSlushみたいなイベントの運営にも参画するでしょうし、進路の一つとして起業を本気で考えるようになります。
国を代表するような大企業が凋落していくのは確かにネガティブなことではありますが、それを逆手に取ってポジティブなムーブメントを作り出したフィンランドの事例は、現在の日本に於いても大いに参考になるでしょう。

2017年フィンランド渡航に関する記事はこちらから

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